第68章 麗
彼女は殺される覚悟で一歩踏み出し、鬼舞辻を抱きしめた。余計な言葉は言わない。本当に思っていることを、一言でも、短くても伝えようと思った。
「救えずに、ごめんなさい。私は人として死にます」
「理解できん」
「貴方をそんな風にしてしまったのは、鬼狩りです。ごめんなさい」
「謝罪の意図が理解できん。従う気が無いなら、さっさと出て行け」
鬼舞辻は、そう言うと宇那手を突き放した。
(何故私を喰わないの⋯⋯?)
宇那手は、複雑な思いで頭を下げて、部屋を後にした。
(何時でも私を喰えた。何時でも鬼に出来た。どうして⋯⋯どうして⋯⋯)
「火憐さん」
麗の声が響き、宇那手は振り返った。ほんの一時間の内に、とんでもない出来事を経験した女性は、酷く動揺していた。
「あの男の子は、主人を殺そうとしていたんですね? 鬼は⋯⋯あれ程の憎悪を向けられる存在なのですね?」
「はい。彼の家族も、私の両親も鬼に襲われ、死にました。鬼殺隊の隊士の殆どが、ある日突然身内を殺された者です。だから、鬼に対する憎しみは深い。一人でも多くの人間を救うために、人喰い鬼を殺そうとする。許してあげてください。ご主人は賢い人ですから、上手く逃げられるはず。私は隊の中で、最も階級の高い剣士です。ですので、私の裁量で、浅草に隊士は配置していません」
「貴女は⋯⋯それでは、ご家族も喪って、独りで──」
「独りではありません」
宇那手は、ようやく仮面を取り去って、心からの笑みを浮かべた。
「仲間がいますから」