第39章 組み紐をひいたのは
私は2人のスタッフの背後から、それぞれの肩に手をポンと乗せて小声で告げる。
『彼女達2人を連れて、少し離れててもらえませんか』
「え、でも」
『お願いします。この場は私に任せて。悪いようにはしません』
「ですが」
『あと、こっちには誰も近付けないで欲しいんです。皆さんは、どうか撮影を続けて下さい。お願い出来ますか?』
にっこりと私が笑うと、スタッフ達はようやく言う通りにしてくれた。構成作家の彼女と紡を連れ、十分な距離を取る。
私は後ろを振り返り、こちらの声が向こうに聞こえない距離なのを確認する。
そして、同時に撮影現場にも目をやった。どうやら撮影は滞りなく続いているようだ。
「あーあ。女の子どっか行っちゃったじゃん」
「なんだよ、男に相手してもらっても嬉しくないっつーの」
『…はぁ。やっぱり、こう暑いとやってられませんよね。貴方達もそう思うでしょう?』
「あ?何言って」
『暑くなったら、あんたらみたいな頭の沸いた連中が増えて困る。そう言ってんですよ』
こういう連中に、正論を説いたところで無意味だ。なら、どうすれば良いか。答えは意外にシンプルだ。
ボコボコにのす。打ちのめす。張り倒す。もしくは…立ち向かう気も起きないくらいに、実力差を見せつけるか だ。
「おいこらぁ!なめてんじゃねぇぞ!!」
男は真っ赤な顔をして、私の胸倉を掴む。体が引き寄せられるのと同時に、男の口からは煙草が地面に落ちる。
当然、火は点いたままだ。白煙が燻りながら上へと登っていく。
『落ちましたよ』
「はぁ!?」
『煙草、落ちましたよ。こんな自然豊かな場所で、ポイ捨ては見過ごせませんね』
「…はは。お前、ずいぶん余裕だなぁ。立場分かってんの?3対1だぞ?」
余談ではあるが、胸倉を掴む という行動は、実は掴んでる側が圧倒的不利である。
こちらが護身術を用いる場合、大抵の技は決まるからだ。
特に今は、掴まれている私の体勢や重心が安定している。逆に掴んでる側は、体勢が限定されている上に重心が自由にしづらいときている。