第72章 綺麗じゃない愛だって構わない
どれくらい、歩いただろう。
かなり歩いたような気もするが、実はそんなに進んでいないと思われる。何故なら、腕の紐はまだ弛みを見せていたから。
いくら懐中電灯で前を照らしても、視界は最低。1メートル先さえハッキリと見えない。
さらに悪い事に、ゴーグルが曇り始めた。これでは、悪い視界がさらに悪くなる。
私は躊躇なくゴーグルを取り去った。瞬きすら辛いが、曇ったゴーグルをしているよりは前が見える。
薄眼を開けたまま、私はまた声を張る。
『 —— 龍!! りゅ ——!』
当たり前のように、返事はない。ただ聞こえるのは、ゴウゴウという風の音と、自分の声だけ。
全身を嬲るような冷たい強風を浴び、ぎゅっと歯を食いしばる。
後悔した。
どうして、あんな馬鹿な事を仕出かしてしまったのだろう。もしも私のせいで、龍之介の身に何かあったら…!
目の前が霞みそうになって、ぶんぶんと頭を左右に振る。
泣くな。絶対に泣くな。いま泣いたら、涙が凍って眼球も凍る。そしたら、彼を探す事が出来なくなってしまう。
馬鹿な私。泣いている暇があったら、足を動かせ 声を張れ。
強引に再び自分を奮い立たせた、その時…
突如として、光明が差した。
捜索を開始して初めて、自分の声と風 以外の音が耳に届いたのだ。
— ピィ ——
『!!』
(この、音は…!)
それは、まだ記憶に新しい、力強い指笛の音色。