第68章 あなた…意外と馬鹿なんですね
そう。私はこの時、一織が言ったように 浮き足立っていたのだ。まるで自分が、爽やかなスポーツマンにでもなれたかのようで。清々しい気持ちに、当てられて。
人生で初めての感覚だった。この、清涼な一陣の風が胸を吹き抜けるよう心地は。
味方と一丸となる実感、汗も気にせずピッチを走る疲労感、惜しみなく投げ掛けられる声援。そのどれもが、私にとって感動的な初体験だった。
だから、信じてしまっていた。相手チームの事も。
こんな綺麗で素晴らしい世界に身を置いている彼らが、卑怯な手など使うはずがないと。
さきほど放たれた暴言は、百を切り崩す為、仕方なく講じられた作戦なのだと。信じ切っていたのだ。
それはなんて…
愚かなことなのだろう。
「っ…クソ!」
(なんで急に、抜けなくなった!?フェイントも見抜かれる!?ふざけやがって!ふざけやがって!!)
『分かります。勝てないというのは、悔しいですよね。でも大丈夫。何度だって、相手をしてあげますよ』
ちなみに、これは挑発ではない。心から出た、ありのままの言葉だった。
スポーツ漫画で言う、いいぜ!もっとやろうぜ!みたいな事だ。
しかし男の耳には、残念ながら 売り文句として届いてしまったらしい。
「調子に…調子に乗んなよ!!」
『あ、それ。さっき監督にも言われました』
言ってから、私はまた男からボールを奪う。
審判も…一織も観客も…そして私も。視線はボールを追った。当然だ。しかし、この男はボールを見てはいなかった。
そんな事にも気付かないで、私は勢い良く駆け出した。
しかし、身体がグンと後ろに引かれる。服を引っ張られたのだ。
『は?』
ありえない事態だった。でも 疑問を持ったのと同時に、私は地面に突っ伏した。どうやら、足を引っ掛けられて転ばされたらしい。
額と鼻っ面を 硬い地面に強打しても、私はまだ事態の全容を把握出来ていなかった。