第63章 彼氏でしょ
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と、いうわけで。私と天の同棲生活は今日で3日目だ。おそらくは九条家よりも、かなり質素な間取りであろう我が家。それでも天は、愚痴の1つも零す事なく 楽しそうにしていた。
そんな彼の嬉しそうな顔を見ているだけで、ついつい本来の目的を見失いそうになってしまうのだった。
『じゃーん。今日の晩御飯は、天の好物!オムライスを作りましたー』
「…オムライスが好物だなんて言った?」
『え…前、社食で美味しそうに食べてたから。勝手に好きなんだなぁって思っちゃった。ち、違った?』
「ううん、違わない。好きだよ。オムライス」
天はスプーンを右手に微笑んだ。その笑顔は、まるでキャンディをもらった子供のような、あどけない笑顔。いつもの大人びた天の影は、完全に鳴りを潜めていた。
そのレアな表情に、ついつい釘付けになってしまう。
我に返った私は、見惚れていたのを悟られるのが恥ずかしくて、大袈裟にケチャップを掲げた。
『わ、私がコレでオムライスに名前を書いてあげよう!』
「キミって、本当にお約束な展開が大好物だよね」
『ん?駄目だった?』
「べつに」
天は、ふぃ と私から視線を外して瞳を細めて、口角を上げた。
今度は、先ほどの笑顔とは真逆。整った形の唇が ゆっくりとほころんでゆく様は、まるで花が咲いたみたいに美しかった。
年相応の、10代の顔をする天。
こちらが思わずドキリとしてしまうくらい、大人びた天。
一見、背反する2つの表情を同居させるのが、この九条天という男だ。
そして、その2つの顔を見る事が出来る人間は限られている。自分がその数少ない存在の1人だという事実に、私は胸が熱くなるのだった。
『……よし。じゃあいくよ?私の華麗なるケチャップ捌きを見ててね』
「キミ、ケチャップ使いか何かなの?」
『それもいいね。プロデューサーが廃業になっちゃったら、ケチャップ使いにでも転身しようかな』
「そんな職業はない」
あるとすれば、メイド喫茶くらいだろうか。ただし “ 萌え萌えキュン ” と口にする羞恥プレイとセットだ。
『…て…ん、てん…っと。よし完璧!』
「てんてんは、や め て」
……それは、あどけない笑顔でも 大人びた笑顔でもない、仄暗い笑顔であった。