第62章 俺は君にとって、ただの都合の良い男だったのか!
彼女が人参と真摯に向き合う中、俺と天は食材の下拵えを進める。楽の担当する割り下も、順調そうだ。
数十分後。小皿に出来上がった割り下を少し入れて、口を付ける楽。満足げに、よし!こんなもんだろ。と目を細めていた。
俺と天の方も、食材を仕込み終わった。
「……ん?さっきから春人がやけに静かだな。一体何やって」
『ふぅ…出来ました』
そう言ってエリは額の汗を手の甲で拭った。まな板の上には、見事な作品が鎮座していた。
その、一見 人参には見えない物体を前に。俺達3人は思い思いの感想を口にする。
「す、凄い!これ、松ぼっくりだ!」
「何で松ぼっくり?」
『携帯で “ 人参の飾り切り ” と検索して、花以外にヒットした唯一の物だったからです』
「食いモンで遊ぶんじゃねぇよ」
冷たく言うと楽は、色以外はまるで本物のようなそれに、ザクザクと包丁を入れた。
どんどん一口大にカットされていく松ぼっくり…じゃなくて 人参を見て、エリは声を荒げた。
『何て事をするんですか!私の芸術品を!』
「切るだろ普通!こんなでけぇ人参、すき焼き鍋で煮えるわけねぇだろうが!」
『っく!私の汗と涙の結晶が…』
「ったく。大人しく作業してると思ったら、くだらねぇ事しやがって。静かだなーって周りに思わせておいて悪戯するとか。子供かよ」
『断じて悪戯じゃありません』
「でもボクは、生煮えの人参は食べたくない」
「ま、まぁまぁ。たしかに少し大きさには問題あったけど、それでも春人くんの手先が器用だってことは、十分伝わったから!」
楽と天に作品を全否定されて、しょぼくれていたエリ。俺のフォローにもなっていないような励ましの言葉を受け、儚げに微笑むのだった。