第94章 抗うもの
よく晴れたある日の午後。家事を粗方終えた水琴は手籠を下げいつも通り三兄弟の根城を目指していた。
今日は昼はいらないと言っていたのでおやつを差し入れようと思い空き時間にカップケーキを焼いたのだが、マキノに教えてもらったレシピはなかなかに良い出来栄えだ。
味見と称しいくつか腹に収めたそれの味を思い出しつつ、水琴は良い匂いの立ち上る手籠を抱え直した。
「あれ?」
三人の喜ぶ顔を想像しながら訪れた根城はもぬけの殻だった。
昨日予告はしておいたのでいると思ったのだが、まだ帰ってきていないのだろうか。
一体どこにいるんだろう、と水琴は風を生み周囲を探る。
三人はすぐに見つかった。海にほど近い崖の傍で何やら言い合いをしているようだ。
いや、言い合いというよりエースとルフィがサボに詰め寄っていると言った方が正しいか。
一体何事だと水琴はすぐ三人の元へと向かった。
「ねぇ、一体どうしたの?」
「あ、水琴!」
「どうしたのもこうしたも、こっちのセリフだ。おいサボ!いい加減話せよ!」
現れた水琴の言葉を受けエースが再度サボへと詰め寄る。サボはといえばきまり悪そうに俯いていた。
彼がこういう態度でいることは珍しい。本当に何があったのだろう。
「ラーメン屋の前で会った男、あれ誰なんだよ。お前知ってるんだろ」
「だから、俺は知らないって__」
「嘘つけ。お前の名前呼んでたじゃねェか」
「人違いだろ」
そこまでを聞いてピンとくる。今の今まで忘れていたが、そういえばサボは__
思い出しかけた記憶をさらっていれば分かった!言うよ!とサボが音を上げた。
「__俺は、貴族なんだ」
重々しく開かれた口から出たのは、彼をこの地に縛り付ける鎖の一端だった。