第68章 降り積もる” ”
正面に見えてきた大きな河口をゆっくりと上っていく。
河の両端はそのまま港になっているらしく、多くの船が並んでいた。
屋形船のような形の船が多く並んでいるところを見ると民間人の船が多いようだ。河沿いに並ぶ屋台から食用品を買う人々の中をエースは慣れた手つきで船を操作する。
やがてエースはある桟橋に船を寄せた。
船が流されないよう括りつけ、岸へ上がる。
桟橋からほど近いところには背の高い建物があった。一階は食堂らしく、開け放たれた扉からは良い匂いが漂っている。
「エース、ここは?」
「知り合いが宿やってんだ。ちょうどいいし、ここで一泊しようと思ってな」
なるほど、知り合いが経営しているなら顔も出したいだろうし、何より安全だろう。
すたすたと食堂の中に入っていくエースの後を小走りで追い掛ける。
「アリシア、いるか?」
入って早々、エースは食堂の奥へ向かってそう声をかけた。
呼んだ名が女性名であることに水琴は少し驚く。
そして奥から出てきた女性を見て、更に驚いた。
「おっどろいた。エースじゃない。どうしてこの島に?」
「なんだよ。来ちゃ悪ィか」
「まさか、大歓迎よ。また会えて嬉しいわ」
めっっちゃ美人!!
艶やかな長い黒髪に、褐色の肌。
大きな紫の瞳は猫のようにややつり上がってはいるが、愛嬌のある笑みと彼女の雰囲気でキツさは感じられない。
豊満な身体を包む衣装は民族衣装だろうか。ゆったりとした鮮やかな布が腕や腰でヒラヒラと揺れた。
アリシアと呼ばれた女性は突然現れたエースに驚いたもののすぐに笑みを浮かべ歓迎し、スラリと長い腕をエースへと絡めた。
「ご飯はまだなんでしょう?よかったら食べてって。もちろんお代は請求するけどね」
「お前の店で食い逃げとか怖すぎて出来ねェよ」
近い距離と気安いやり取りにぎしりと胸が軋む。
二人のやり取りに対してではなく。何よりも、その事に水琴は動揺した。