第106章 穏やかな日常と不穏な陰
「直接言われたことは無いですが、日々の暮らしで何となくは気付いていました。そうでなければ、単身このグランドラインを渡って毎回無事に帰ってくるはずもありません。
__子どもの頃、よく海で歌を聞かせてもらったものです」
母の膝に座り、共に歌った日々をフランは語る。
母が歌えば世界はそれに応えた。
風は踊り、波はさえずり、海の生き物たちは喝采を上げた。
自分に母と同じ力は無いと知ってはいたけれど、同じ舞台に立ち歌えるだけで幼いフランは嬉しくて堪らなかった。
成長するにつれそのような時間を持つことは無くなったが、フランにとってその時間は特別なものだった。画家の多いこの町で、音楽家を志すくらいには。
「母は歌以外にも外の話をたくさんしてくれました。土産と一緒に、想像もできないような島の話をたくさん。
__五年前のあの日も、楽しみにしていてと、そう言っていたのに……」
フランの言葉と表情からは、彼が心の底から母親の無事を願っていることが伝わってきた。
だからこそ、ああして歌っているのだろう。
軍に気づかれ、自身も狙われる危険を冒して尚。
いつか引き合わせてくれるかもしれない、母に繋がる唯一の歌を。
「残念ですが、私は島の場所については知らないのです。お役に立てなくて申し訳ありません」
済まなそうに頭を下げるフランに向けリリィが首を横に振る。そしておずおずとその手を重ねた。
「……お母さんのこと、もっと教えて欲しい」
もしかしたら、どこかで会うことがあるかもしれないから。と続けるリリィをフランはまじまじと見つめる。必死に励ましてくれている少女に、フランは目元を緩めた。
「__ありがとうございます」