第105章 芸術の島
こちらです、と案内を買って出てくれた青年について歩く。まだどこで先程の男が監視しているか分からない。
フランと名乗った青年は聞かれても困らないような当たり障りのない話題を選び水琴たちに投げかけていた。
「最近はようやく春の訪れを感じられるようになってきて__そういえば、観光と言ってましたが皆さんは山向こうから来たのですか?あちらはまだ寒いでしょう」
「あ、いえ。島の外から来たので」
「外から?」
青年の目が驚きでわずかに丸みをおびるのを見て、彼の柔らかい物腰に油断しうっかりと答えてしまった水琴はしまったと内心汗をかいた。
なんせグランドラインの海越えは命がけだ。海列車のような専門の移動手段があるならともかく、個人で観光は厳しい言い訳だっただろうか。
不審に思われたらどうしよう、とおろおろしながらやっぱり変ですか?と問う水琴に対し、青年は見開いた目をゆっくりと緩め穏やかに微笑んだ。
「__いえ、良いと思いますよ」
それは取り繕うものではなく、心底そう思っていると分かる笑みだった。
青年の瞳が水琴を映す。夏の森林を閉じ込めたような深く鮮やかな緑が柔らかい光を宿す。
まるで日の光の眩しさに目を細めるように。もう戻れない無邪気な頃を生きる幼子をそっと見守るように。
穏やかなその瞳に微かに混じる隠しきれない羨望に、水琴は戸惑い口を閉じた。
何か見てはいけないものを見てしまったような、そんな妙な罪悪感に囚われる水琴の前でフランが足を止める。その目の前には小さな3階建ての建物があった。
フランは慣れた手つきでドアを開ける。からん、と小気味の良い音が響けば中から来訪を歓迎する挨拶が投げかけられた。