第10章 壊れた関係
「セナ、これ...........」
いつも冷静な義元さんが、私を抱きしめたまま一点を見つめ、声を詰まらせた。
気付かれた!
「やっ!」
動揺して、咄嗟に義元さんを押してしまった。
「カット、カット、カットォ!」
「あ、.........」
「おいおいセナぁ、ここは龍を突き飛ばすシーンじゃねぇだろう!寝ぼけてんのかぁ!」
「すみませんっ!私..........」
「俺もすみません。もう一度お願いします」
義元さんは監督に頭を下げると、優しい笑顔で私に向き直った。
「ごめんね。俺がセリフ飛ばしたから」
「ちがっ、義元さんのせいじゃ............」
どうして義元さんが謝るの?
昨日よりも一回り以上大きくなった痕を見て驚いたからだよね?
心臓は、嫌な音で鳴りっぱなしだ。
私がちゃんとしないから、迷惑をかけてる。
ここだけは、自分らしくいられる空間だと思っていたのに.......
「じゃあもう一度行きまーす。テイク3、スタート」
カチッ!
「先生!」
大好きな彼と、やっと思いが通じ合った瞬間。
「待たせてごめん。大好きだよ.......」
片想いだと思っていた彼と両思いになって嬉しさのあまり抱きついてしまうこのシーン。
『セナにぴったりだと思ったから推薦しただけだよ。』
義元さんはそう言ってくれたけど........
「...................っ」
このヒロインと私は全然違う。
だって私には、このシーンは一生訪れない。
「っ、できません...........」
「セナ?」
もう、自分と役の中の彼女とを重ねられない。
「ごめん.......なさい」
彼女のようなひたむきさを、私は失ってしまった。
「もう.........演じられません」
どんな時も、希望や目標を持って頑張って来た。
社長との事だって、自分の中で前向きに捉えて、関係を紡いで行くはずだったのに..........
彼の言動に怯えて暮らす今の自分はもう、この役を演じる資格がない。
「ごめんなさい..........」
支えを失った心は脆く崩れていく........
私は立つことも出来ずその場で泣き崩れた。