第8章 願わくば花の下にて 【鬼舞辻無惨】
背中がぞくりと震える
下腹部に熱が集まるのをどうにかこらえた
弥世の事は欲しいが今ではない
ずっとずっと気の遠くなるくらい長い間焦がれていた願い事が私にはある
弥世の柔らかな胸に顔を埋めてすがり付くように抱きしめた
「今日の出会いをもう一度やり直したい…次は昼間に、太陽の下この藤の花の下で弥世に会いたい…その時に私の限りある時間の全てを弥世に捧げたい…」
なんとも情けないプロポーズのような言葉と姿…
前世の私なら絶対に言わない言葉としない事だろう
でも今の私は素直に言えるし、出来るのだ
そんな情けない私を弥世は抱きしめて聖母の様に笑い「はい」と言ってくれた
お互いの休みが合う日に約束をして、私はわざと少し遅れて階段を登った
どうしても、太陽の光がふりそそぐ藤の花の下で振り返る弥世が見たかった
光にあたり淡く輝く花と弥世を見た時の震えるほどの感動は今も覚えている
花見客とその日も写生に来ていた小学生達の目の前で膝をつきプロポーズをした
「はい」と答えた弥世に、回りの大人達からは拍手をもらい子供達からはひやされながら弥世が流した涙と笑顔に私の一生を捧げ大切にする事を約束した
すぐにお互いの両親に挨拶に行き、藤の花が全て散った頃には入籍までしたスピード婚だった
鬼殺隊最後の頭首の産屋敷輝利哉が亡くなるまでは側にいたいという弥世のただ一つのお願いを受け入れそれまでは別々に暮らしている
それから数年の時が流れ
私は樹木医として独立をしてなんとか生活が安定するようになった
そして弥世の喪が明けるのを待って今日、あの藤の花のある神社で結婚式を行う
23歳を無事に過ぎた弥世は少女の様な幼さは消えて、大人の女性へと花開いていて今日の白無垢姿も美しい
「この令和の時代に私はこんなに幸せでいいのかな」
と本当に思う…私から始まった日本の歴史には記録されていない悲劇が夢のように感じる
「いいんです 私は主様に幸せになって欲しくて何度も産まれたんです 悲しみの連鎖はきっと終わります」
1000年という長い間、私を一途に愛してくれた弥世の言葉は私に柔らかく響いた
「弥世…私を救ってくれてありがとう」
私も幸せになっていいのだと素直に思えた
ー終ー