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千分の一話噺

第496章 引っ越し


久しぶりに実家に顔出した帰り道。

『ホー…ホケキョ』

どこかで鶯が鳴いていた。
「まだ東京にも鶯がいるのか?」
近くに公園などの緑はない。
ただの聞き違いかも知れない。
「あぁ…たしか昔この辺りに梅林があったな」
子供の頃の記憶…。
今はマンションが建ち、みる影もない。

東京で生まれ東京で育った。
仕事の都合で今は東京を離れている。
離れて分かる、東京の良さも悪さも…。
圧倒的に便利で何でも揃っている半面、移住者ばかりで人の繋がりは希薄だ。
実家に帰っても近所の家の半数は建て変わり、地方からの移住者が増えた。
近所付き合いの良し悪しはあるが、顔もよく分からない隣人というのもどうかと思う。


春は引っ越しのシーズン。
アパートに戻ると隣の部屋に引っ越し業者が来ていた。
(こんな安アパートに来るって事は、俺みたいなフリーターか独り身の高齢者か?)
「こんにちは、こちらにお住まいですか?」
不意に声を掛けられた。
「あっ、はい…」
振り返ると三十くらいの女性だった。
「隣に越してきた武内です」
「どうも…梅原です」
地方と言ってもアパートとなると、やはり移住者ばかりで隣人の顔さえ知らない。
ここに越して来てから、お隣さんとちゃんと挨拶を交わすは初めてだ。
「うめ原さんの『うめ』って梅干しの梅ですか?」
おかしな事を聞かれた。
「えぇ、そうですが…」
逆に他の『うめ』ってあるのか?
「すいません…私の名前は『はるか』って言うんですが、鶯に香って書くんですよ
梅に鶯って言うじゃないですか、今回の引っ越しは正解かも知れません」
何か知らないが彼女は一人納得した様子だ。
「はあ…」
これが彼女との初対面だった。


初対面の印象はあまり良いとは言えなかったが、二年後、彼女は『梅原鶯香』となり正に『梅に鶯』となった。

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