• テキストサイズ

千分の一話噺

第423章 一杯のラーメン


「へい!いらっしゃい!」
威勢の良いオヤジが出迎えてくれた。

残業で遅くなりどこかで食事をしようと思ったが、会社は辺鄙な場所にあり周りには店がない。
仕方なく駅に向かって川沿いの道を歩いていたら、赤提灯が見えた。
(あれ?こんな場所に屋台なんてなかったけどな…)
暖簾には拉麺と書かれていた。

「ラーメン大盛りでくれる?」
「大盛り一丁!」
他に誰もいないが、オヤジは声を張る。
「初めてなんだけど、いつからここで?」
「大分前からやってますが、いつもはもっと遅くなんですよ」
オヤジは麺を解しながら鍋に入れる。
「だから気づかなかったんだ
この辺は店がないから助かったよ
…駅まで遠いしね」
「ここも昔は栄えてたんだけどね」
丼に醤油ダレと脂を入れ、寸胴のスープを注ぐ。
「へぇ、俺は転勤で来たからこの辺はよく知らないんだ」
「ここは炭坑の町だったんだよ」
黄金色のスープが醤油ダレと混ざり、綺麗なラーメンスープになった。
「炭坑があったんだ…
それじゃあ賑やかだったんだね」
「炭坑の人足は荒っぽいけど、気の良い奴が多くてねぇ…」
茹で上がった麺を湯切りしてスープの中に入れる。
「炭坑かぁ…
今じゃあ、ほとんどが閉山しちゃってるからね」
「寂しい事だね…」
チャーシューに刻んだネギ、メンマとナルト…。
昔ながらのラーメンだ。
「へい!大盛りラーメンお待ち!」

スープを一口………美味い!
丁寧に取られた鶏ガラのダシに絶妙な醤油加減。
中太縮れ麺は小麦粉の風味がしっかりと残っていて、スープが程よく絡み、箸が止まらない。
「ああ!美味しかった!
また来ます!」
「毎度ありぃ!」
最後まで威勢の良いオヤジだ。


翌日、会社でその屋台の話をしたら…。
「屋台?知らないな…」
「聞いたことないね」
誰も知らなかった。
「炭坑?
あぁ、確かに炭坑はあったけど、100年近くも前の話だぜ」
「100年?でも、あのオヤジ…」

あのオヤジが幽霊なのか?俺がタイムスリップしたのか?今となっては確かめる事は出来ない。
がしかし、あのラーメンを食べる事は二度とないのだろう。

end
/ 1580ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp