第330章 観光タクシー
観光地ではあるが、自殺の名所と呼ばれる場所は幾つもある。
今日もまた一人、そこへ向かう者がいた。
最寄りの駅のタクシー乗り場。
夜も深けると人影は疎ら、タクシー待ちをする人などいない。
駅から一人の女性が出て来た。
真っすぐタクシー乗り場に向かい、停車していたタクシーに乗り込むと行き先を告げる。
「お客さん、こんな時間にあんな所へ何しに?」
「…」
女性は俯いたまま、ドライバーの問い掛けに答えなかった。
しばらくして赤信号で止まると、ドライバーがまた話し掛けた。
「お客さん、こんな話しをご存知ですか?
何年か前にやはりこんな時間にそこへ行った女性がいましてね…」
女性は少し顔を上げた。
「その女性は自殺したんですよ」
女性の身体がピクッと動いた。
「ここじゃあ、よく聞く話しなんですがね、今はネット社会じゃないですか…
その女性を乗せたタクシーの運転手は誰だって取り上げられて…
自殺って分かってただろ?とか、何故止めなかった?とか…
お決まりの吊るし上げですよ
名前も住所も晒されてね
…その運転手どうなったと思います?」
「…」
女性は顔を上げたが答えなかった。
「自殺しましたよ、女性と同じ場所で…
私ですがね」
そう言って振り向いた運転手の顔は皮膚がめくれ、肉は崩れ、目玉が垂れ下がっていた。
翌朝、女性はタクシー乗り場のベンチに倒れていた所を警察に保護され、自殺を思い止まったそうだ。
end