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千分の一話噺

第325章 歌を忘れた…


『歌を忘れたカナリアは
象牙の舟に銀のかい
月夜の海に浮かべれば
忘れた歌を思い出す』


月はどこ?…どこまでこの暗い海を進まなければいけないの?

いつもこの場面で目を覚ます。
「また、この夢…」
暗中模索とは、正にこの事だろう。
プロ歌手である私が歌えないなんて有り得ない。

でも…。

ステージに立つ事さえ今の私には叶わない。
「貴女がどんなに願っても彼は戻らないのよ…」
周りからは同じ様な事を何度も言われる。
「貴女が歌えば彼も喜んでくれるよ」
それでも私は歌えなかった。


彼とは私がまだ路上で歌っていた頃に知り合った。
「歌は上手いけど、心が篭ってないね」
笑顔で痛烈な言葉を言われた。
「(何こいつ!?)…だったら聴いてくれなくて結構です」
私はついこんな事を言ってしまった。

しかし、彼は毎回聴きに来てくれて、最後にきつい一言を言って帰っていく。
私はそれが悔しくて、悔しくて…。
でも、いつしか彼に褒めてもらうことが目標になっていた。
それに連れて聴いてくれる人も増えていき、私は今の事務所の人にスカウトされる事になった。

付き合う事になったのはそれから数年後に偶然再会してから…。
「少しは心が篭ってきたね」
「おかげさまで♪」
相変わらず口は悪かった。

そんな彼が突然…。


end
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