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千分の一話噺

第311章 名探偵の勘


そう、あれは土砂降りの日曜日から始まった。
俺は依頼人と町外れの喫茶店で待ち合わせしていた。

依頼は簡単な素行調査だった。
ある女性の一週間の行動を監視し報告する…、探偵にしてみれば素行調査は基本中の基本だ。
「今日からお願いします」
依頼人の要望で、今日の午後から次の日曜日の午前中までの期間となった。

俺は依頼人と別れすぐに女性の住むマンションに向かった。
依頼人の情報ではまだ自宅にいるらしいと…。
女性の部屋には電気が点いていた。
「こんな土砂降りじゃあ出掛けないだろ…」
人目に付かずマンションの出入口が見える場所。
張り込みはひたすら待つだけの地味な仕事だが、これが探偵稼業ってやつだ。

その日の動きはなく、月曜日から金曜日までは自宅と会社の往復だけだった。
(これといって動きはないか…)
土曜日、会社は休みのはずだがいつも通り出て来た。
(今日は何かある)
探偵の勘が俺に教えてくれる。
彼女は駅に着くと会社とは反対方向の電車に乗った。

反対方向と言うと…。

彼女はその場所には似合わないスーツ姿で山の方へ足を向けた。
(あんな格好でどこへ行く気だ?)
隠れる障害物もない田舎道、見失わない程度に距離を置かないと気付かれてしまう。
着いた先は吊橋の上。
(まさか…)
俺は思わず走り出していた。

彼女はその「まさか」をやろうとした。
「バカヤロー!
何やってんだ!」
寸での所で彼女を抱き留めた。
「お願い!死なせてっ!」
彼女は涙を流しながら叫んだ。


俺は電話で依頼人に事情を説明し、この仕事はここまでとなった。
「…では、ここまでの報告書は後日…」
電話を切ると雨が降り出した。

「ちっ…土砂降りにならなきゃ良いがな…」



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