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千分の一話噺

第252章 明日


色付いた街路樹を鮮やかに照らす陽射し。
これから冬に向かうとは思えない陽気に長めの散歩をしていた。

「風はちょっと冷たいわね」
隣の妻が呟く。
私は妻の手を握りコートのポケットに入れた。

街路樹の下の木漏れ日。
ひらひらと舞い散る葉。
穏やかなる空気の流れ。
心地の好い手の温もり。

「寒くないか?」
妻は黙ったまま首を横に振る。

川沿いの清んだ空気。
久しぶりに仰ぐ大空。
どこかに流れ行く雲。
妻の晴れやかな笑顔。


「この時が永遠なら良いのに…」
そう言って俯く妻。
「大丈夫、ずっと側にいるから…」
私にはこの程度の事しか言えなかった。


窓枠に切り取られた空。
遠くに聞こえる風の歌。
傍に忍び寄る冬の足音。
白いシーツに横たわる。

「また散歩行こうな」
「うん、必ず」
力強い言葉とは裏腹なやせ細った手。
私はその手を両手で包んだ。
その温もりはいつかの温もり。
窓から差し込む陽射しはここまで届かない。



end
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