第246章 侍
椿。その花は花首から落ちるので、日本では昔から不吉な花とされてきた。特に侍に…。
日本は徳川幕府が幕を閉じ、明治時代が訪れる。明治8年に「平民苗字必称義務令」が発令され、今まで苗字を持たなかった人も苗字を名乗る様になった。
「俺は今日から椿と名乗る」
一人の若者が届けを出した。彼には家族がいない。なので自分の思いだけで名乗れる。
「何で椿なんだ?縁起の悪い…」
若者は知り合いに聞かれた。
「俺の親は侍に殺された!
だから奴らが嫌う椿を名乗るんだ」
若者の名は椿京太郎、後に『最後の侍』と呼ばれた男だ。
椿は職を転々としながら、貿易商として名を馳せていった。取引相手はヨーロッパが多く、日本の浮世絵などの美術品が飛ぶように売れた。
ある日の事、フランスのカフェで進めていた商談がまとまった際に、その相手が椿に手袋を渡した。
「これは?」
「こちらでは昔から、市民が市を開く場合に王や領主がそれを許可する意味で手袋を掲げていたのです
言わば商談が成立した証です」
その真新しい手袋は左手の甲の部分に椿の花の刺繍が施されていた。相手の事をちゃんと理解していると言う証拠だ。椿は感銘を受けて後日相手に万年筆を贈った。
「日本の侍は刀を侍の魂と言って、相手に刀を差し出す事は命を預けるのと同じ事でした
しかし、私は侍ではありません
商人にとって契約書にサインする万年筆は侍の刀と同じと思ってます」
あれだけ嫌っていた侍であったが、日本の象徴でもあった侍に準えた。
「魂とは姿形で決める物ではありません
ツバキは真のサムライなのでしょう」
相手は万年筆を受け取ると固い握手を交わした。
end