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千分の一話噺

第194章 桜の木の下


『桜の木の下には屍体が埋まっている』

梶井基次郎の小説の一節が独り歩きし、いつの間にか都市伝説の様になった。



「私が死んだら桜の木の下に埋めてほしいな」
「馬鹿なこと言っんじゃないよ
まだまだ一緒にいてもらわないと俺が困る!」
俺は桜を見上げながら笑った。
「…そうね
まだまだやりたいことがいっぱいあるからね」
彼女も笑顔で桜を見上げたが、どこか悲しげだった。

本当に大切な人はどこに居ても何をしていても気になる存在だ。
例えそれが永遠に会えない所に行ってしまったとしても…。


「今年も見事に咲いたな…
二人で笑い合ったあの日から十年も経ったのに、まるで昨日の事の様に思い出すよ」
俺は桜の木に手を当て話し掛けた。
端から見たらおかしなオッサンにしか見えないだろう。
しかし、そんな事は関係ない。
この桜の木の下には彼女が眠っているのだから…。


「…もう…桜…見れないね」
「元気になればいくらでも見れるから…」
「…分かってる…もう…長くないって…」
「何言ってる…
まだまだやりたいことがあるんだろ?」
「…ありがとう…」
最後のやり取りに俺はぎこちない笑顔しかできなかった。

彼女の墓石の脇には桜を植えた。
その桜は毎年、綺麗な花を咲かせる。
「桜の下には埋めてやれなかったけどな…」



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