第139章 雨の天使
田舎から上京し、早二十年。
結婚もし、子供も出来て、仕事も順調、大都会東京で何の不満もない生活を送っている。
…と、思っていた。
しかし最近、心の奥が何故かがさつく。何かが引っ掛かっている様に…。それが何か分からない。
梅雨の最中、妻と娘と三人で買い物をした帰り道、娘が紫陽花を見つけた。娘は紫陽花に近づくと私を手招きした。
「パパ、綺麗な蛙さんがいるよ」
紫陽花の葉っぱの上に小さいが鮮やかな緑色の雨蛙が乗っている。私はそれを見て、昔話を思い出した。私の田舎に伝わるお伽話だ。
梅雨の晴れ間に紫陽花から虹の橋が掛かると、そこにいる雨蛙は雨の天使に変わり次の年の梅雨に雨を降らす。雨蛙は天使になった仲間に感謝する歌を唄っている。
たしかこんな話しだったと思う。農家にとって梅雨は恵みの雨だ。雨を呼ぶように鳴く蛙は雨の神の使いと思っていたのだろう。
殺伐とした大都会にもまだこんな可愛らしい雨蛙がいたのかと思うと、無性に田舎が懐かしく思えた。心の痞(つか)えはこういう事なのかと思った。
「次の休みはパパの田舎に遊びに行こう」
私の言葉に娘が大はしゃぎしたため、雨蛙はどこかに跳んで行ってしまった。この雨蛙は今の私には天使に思えた。
end