第733章 水羊羹は真夜中に…
梅雨開け間近なムシムシした寝苦しい夜。
「…暑い…まだ2時かよ」
エアコンがタイマーで止まって室温が上がったようだ。
俺はキッチンに行って冷蔵庫を開けた。
「まだ水羊羹があったはず…」
しかし、あちこち探しても見つからない。
「…おかしいな」
「…ごめんなさい…食べちゃいました」
後ろから聞き慣れない女性の声がした。
(誰だ?俺しかいないはずだよな…)
蒸し暑さが一気に寒気に変わった。
背中に冷や汗が滴る。
「…ゴクッ」
生唾を飲み込むとゆっくり振り返った。
そこには、ぼんやりと青白く浮かぶ髪の長い女性が…。
「ひっ!…だ、誰!?」
「…昔、この部屋に住んでたの
…私、水羊羹大好きで…あまりに暑いからついね」
女性の手には水羊羹の容器があった。
「ゆ、幽霊…」
俺は腰を抜かしていた。
「…そんなに怖がらなくても…すぐ消えるから
…後で水羊羹のお返しするわね
…それじゃあ!」
女性の幽霊は、すぅーと消えた。
勝手に喋って勝手に消えた幽霊に、俺は呆気に取られた。
どれくらい時間がたったか?窓の外が明るくなりだした。
「…あれは…幽霊?…だったんだよな?」
しかし、思い返すと怖さがない。
幽霊に水羊羹食べられたなんて笑い話にしかならない。
「あ、あははは…
そう言えば、お返しがどうとか言ってたな
また、出るのか?」
俺は昼間、水羊羹を買いに行った。
その日の深夜、キッチンで物音がした。
俺がキッチンに行くと、昨日の青白い幽霊がいた。
「やっぱり出た!」
「…昨日はどうも…これお礼です」
キッチンのテーブルに発泡スチロールの箱が置かれていた。
「それは?」
「…私の田舎は北海道だから…海の幸を」
恐る恐る箱を開けると、ウニや鮑やサザエが入ったいた。
「す、凄い!
水羊羹、買っておいたから食べてって!」
冷蔵庫から水羊羹を出した。
「…良いんですか?」
「水羊羹1個でこんなに貰えないから、夏の間は毎日食べに来てもいいよ」
今年の蒸し暑い夜、俺は水羊羹を幽霊と食べて、ひんやりとした時間を過ごした。
end