第696章 季節外れの贈り物
今度の連休は神鳥高原に行く。
「今年はちょうど良い時期かもね」
秋桜が一面に咲く場所があり、私達の大切な場所だ。
猛暑が続きいつもより開花の時期が遅くなっていた。
それだけじゃない。
天気予報を見ると大陸の寒気が下りてきて、標高が高い場所は夏から一気に冬の気温になっているらしい。
「もしかしたらかなり寒いかもな」
神鳥高原はその名の通り神の使いである『八咫烏《やたがらす》』が降り立ち、羽を休めたと云う伝説がある神聖な高原だ。
しかしそれは昔の話、今では展望台もあり車で気軽に行ける。
標高も高く、夏は避暑地、秋は紅葉、冬はスキーで賑わう。
私達は展望台の駐車場から更に上に登り、秋桜が一面に咲き誇るちょっとした広場に出る。
そこは私達が初めて出会った特別な場所だ。
私は学生時代からの仲良しグループで紅葉狩りをしていたが、私は仲間とはぐれてしまい偶然この場所に来た。
彼は以前からこの場所を知っていて、ここに秋桜の写真を撮りに来ていた。
「あのぉ…展望台へはどう行けばいいのでしょうか?」
私は夢中で写真を撮っている彼に恐る恐る聞いてみた。
「えっ?…展望台?…あぁ、ちょうど俺も下りるから着いてきて…」
そういうと彼はさっさと歩きだした。
「あっ、ちょっと待って…」
私は慌てて着いていく。
「…よくあの場所が分かったね」
道の途中で突然彼が振り向いた。
「いえ…迷ってあそこに…」
「そうだったの…、もう秋桜も終わる時期だけど、あそこは俺のお気に入りの場所だから秘密にしてくれると助かるよ」
そこから話が弾んで連絡先を交換した。
「うわぁ~寒いけど、やっぱりちょうど良い咲きっぷりだ」
「そうね…去年はもう終わってたもんね」
秋桜はあの日と同じように一面に咲いていた。
「…雪?」
風に吹かれて舞ってきた。
「八咫烏からの贈り物かも知れないな」
彼は私の肩を抱き寄せた。
秋桜に雪が降る不思議な光景は、伝説の場所に相応しかった。
「私達の記念日を祝ってくれたのかな?」
雪はすぐに止んでしまったが、私達はしばらく眺めていた。
end