第70章 井の中の…
「上京してプロを目指す!」
俺達兄弟は、地元ではそれなりに有名な路上ミュージシャンだ。
「こんな田舎町でちょっと名が知れたからって、夢みたいな事言ってんじゃねぇ!
そんな簡単になれるなら、みんななってんだよ!」
鯉のぼりの染色職人をしている親父は大反対だ。
「夢を諦めるなって言ったのは親父だろ!?」
この一言で親父も言葉に詰まった。
「うっ…、そこまで言うなら勝手にしろ!有名になるまで親子の縁を切る!
もし、お前達の力だけで有名になったら、最高の鯉のぼりを作って出迎えてやる」
「俺達は有名になるまで絶対に帰らない!」
俺達は親父に|啖呵《たんか》を切って上京した。
しかし、上京したものの、特に当てがある訳じゃなく、バイトと路上ライブに明け暮れた。
音楽関係の事務所にデモを送ったり、ネットで動画を流したりしたが、鳴かず飛ばずで五年が過ぎた。
「これが駄目なら親父に謝って田舎に帰ろう…」
そう覚悟を決めた兄貴が作った曲は哀愁漂うバラードだった。
今まで明るいノリの良い曲をやってきた。
「そうだな…これで駄目なら俺達は所詮、井の中の蛙ってことだな」
数年後。
俺達は紅白に出場出来るくらい有名になり、地元で凱旋ライブをすることになった。
「あれ見ろよ」
兄貴が指差す先に見える我が家には、約束通り鯉のぼりが上げられていた。
end