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千分の一話噺

第667章 タンポポの思い


朝、自転車で駅へ向かう途中、道端のタンポポに目が止まった。
アスファルトの隙間でもしっかり根を張り咲かせる小さな花に…。
「…タンポポか」
私の心の奥底にチクリと何かが刺さった。

人間、楽しかったことより、悲しかったことや辛かったことの方が忘れられない。


あの日も道端にタンポポが咲いていた。

私はいつものように自転車で駅へ向かっていた。

ニャ~

「えっ!?」
私の自転車の前に猫が飛び出してきた。
ブレーキをかけたが間に合わなかった。

猫は撥ね飛ばされたが、スピードは出ていなかったのですぐに起き上がって逃げていった。
「…大丈夫かな?」
心配ではあったが、逃げられてしまっては確かめようがなかった。

しかし、数メートル先の草むらに猫は倒れていた。
「怪我したのか?」
近寄ると荒い息をしていた。
そっと抱き上げ自転車の前籠に乗せて走り出す。
「確か駅へ行く途中に動物病院があったはず…」
昔から猫は祟るというが、自分が撥ねてるだけに放っとくのは寝覚めが悪い。

動物病院に駆け込んでお願いすると快く診てくれた。
一週間くらい入院すれば治るそうだ。
「…良かった」
ホッとしたら治療費の事が頭に浮かんだ。
野良猫に治療費って思うと頭が痛いが仕方ない。

一週間が経ち野良猫は無事退院となるのだが、医者が言うには一週間は安静にした方が良いと…。
これが縁でこいつは『タンポポ』と名付け、私の家族となったのだが、五年後には天寿を全うした。

最後までお互い妙な緊張感のある生活だったが、一緒にいるとタンポポの咲く春の日のように穏やかに過ごせた。
私も後何年かすれば、そっちに行くから祟らないで待っていてほしい。


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