第631章 女王は悠久の彼方…
「初恋ですか?
そんな昔の事は忘れてしまいましたよ…」
私は照れ隠しに笑った。
私は長年勤めた会社を定年退職し、しばらくはうちでのんびりしていた。
これといった趣味もなく、やりたい事も思い付かない。
(私から仕事を取ったら何もないんだな…)
改めて思い知らされた。
海外旅行に行こうかと思ったが、ふと、懐かしい景色が頭をよぎった。
もう何年も帰っていない故郷。
(墓参りもしてないな…)
旅行支度をして、何冊かの本を持って列車に乗った。
今は新幹線も通っているが、時間はいくらでもあるし、上京した時の様に在来線を乗り継いで帰る事にした。
「ここ、よろしいですか?」
本を読んでいたら声を掛けられた。
視線を上げると、若い外国人女性が向かいの席を指差していた。
「どうぞ」
流暢な日本語を話すとは思ったが、特に気にもせず返事をし、本に目を戻した。
しばらくすると…。
「あの…その本…」
女性が話し掛けてきた。
「この本がなにか?」
「それ、エリザベス女王の自伝ですよね?」
その女性は英国から日本に憧れて来日したと言う。
「そうですか、イギリスの方でしたか…
それなら、この本より詳しいんじゃないですか?」
「フィリップ殿下は女王の初恋の人なんですよね…
素敵だと思います…はぁ…」
女性は窓の外を眺め溜め息を吐いた。
「あの…初恋って覚えてますか?」
end