• テキストサイズ

千分の一話噺

第629章 雨音と虫の音


その日も雨が降っていた。


『関東地方は秋雨前線が活発になって、秋の長雨となりそうです…』

天気予報通りに雨が続いた。
「ふぅ…3日も続くと気分が滅入る…」
さすがに困ったものだ。

連休と有給を合わせて一週間の休暇を取って田舎に帰ってきた。
両親が亡くなって実家ももうないのだが、学生時代の仲間や昔馴染みは地元で頑張っている。

雨の中、墓参りしたり実家があった場所に寄ったりしていると…。
「久しぶりにみんなで飲むか?」
仲間からの誘いで今夜は飲み会となった。
母親の葬儀以来だから十数年ぶりに懐かしい顔と思い出話に花を咲かした。

ホテルへの帰り道、橋の上で佇む女性を見つけた。
雨の中、傘も差さずに佇んでいる。
いつもの自分なら、関わろうとは思わないはずなのに何故か引き寄せられていた。

「今更かとは思うが、この傘を使ってもらえないか?」
傘を近付けると、ずぶ濡れで俯いている女性の肩がピクリと動いた。
しかし、女性は何も言わず首を横に振る。
「まあ、そうだろうね…
けど、私も受け取ってもらうまで差し出した傘を引っ込める気はないから…」

お互い無言のままどれくらい時間が経っただろうか。

女性の肩が小刻みに揺れる。
雨粒とは違う雫が頬を伝っていた。
ビニールの傘に打ち付ける雨音だけが彼女を慰めているように思えた。

しばらくすると小雨になり、その内に雨音は止んだ。
それでも私は傘を差したままでいた。

リーン♪リーン♪

川辺の草むら辺りから虫の歌が聞こえ出した。
彼女を元気付けているように聞こえる。

私は傘を閉じた。
「…もう傘は必要ないね」
「…ありがとう…ございました」
女性は俯いたままだが消え入りそうな声で礼を言うと頭を下げて去っていった。

私は良いことをしたのか?悪いことをしたのか?
彼女に取ってどっちだったのかは分からない。

「…ふむ、明日は晴れると良いな」



end
/ 1580ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp