第560章 この道を…
朝の冷え込みから霜が降りる事もしばしば…。
その霜が降りた草原を進む。
俺が七歳の秋…。
「七五三のお祝いにはちゃんと帰ってくるからな」
親父は約束したのに二度と帰ってくる事はなかった。
その年の秋、ある山が突然大噴火を起こした。
紅葉で彩られた山には、多くの登山者や観光客で賑わっていた。
山は火山灰により一瞬で灰色の世界へと変わり、多くの人々が山小屋に閉じ込められた。
自衛隊に災害救助要請が出され、その救助隊に親父も加わっていた。
救助は困難を極めたが、山小屋に取り残された人達は全て救助出来た。
しかし、その救助活動中に小規模の噴火が起こり、親父は子供を庇い噴石の直撃を受けた。
七五三のお祝いするはずの日に訃報が届いた。
『名誉の殉職』
世間はそう称えるが、残された家族にとってそんなものは何の糧にもならない。
お袋が女手一つで俺を育ててくれたが、俺はグレてしまい散々迷惑を掛けてしまった。
そんな俺を立ち直らせてくれたのは…。
「あの自衛隊員は僕のヒーローだ」
噴火から十年後のテレビの特番で、親父が助けた子供の言葉だ。
(そうだ、あの日まで親父は俺のヒーローだった…)
その日から心を入れ替え、高校をなんとか卒業し、自衛隊に入隊した。
厳しい訓練の日々が続くが、親父も同じ事をしていたと思えば…。
今日も富士の裾野の演習場を進む。
親父も歩いたこの霜が降りた道を…。
end