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千分の一話噺

第519章 ある日、梅雨空の下で…


そう、あの日もこんなシトシト雨が降っていた。


「…梅雨に入ったのかな?」
子供の頃の僕は梅雨が嫌いだった。
毎日雨降りで外で遊ぶ事も出来ないからだ。

そんなある日の学校帰りに彼女と出会った。

昔から紫陽花が咲いてる有名なお寺の境内で、彼女は紫陽花と同じ様な薄紫色の着物を纏い朱い和傘を差して佇んでいた。
圧倒的な存在感でありながら、どこか儚げで今にも雨に溶けてしまいそうな雰囲気に僕の目は釘付けとなっていた。

彼女は僕と目が合うと僕の方に近付いて来た。
「…こんにちは
君、私が見えるの?」
意外な言葉を掛けられた。
「えっ…?」
僕は首を傾げながらも頷いた。
「そう…」
彼女は寂しそうな優しい笑顔を見せて、雨の中に消えてしまった。

それから毎日、学校帰りにそのお寺に寄ってみた。
雨の日には必ず彼女がいた。
始めは挨拶を交わす程度だったが…。
「…私には君と同じくらいの弟がいたの…」
弟さんの事を話し出した。

彼女の弟さんは生まれつき身体が弱く、あの頃の僕と同じ歳で病死したそうだ。
その弟さんが好きだったのがあのお寺の紫陽花…。
彼女は僕と弟さんを重ねて見ている様だった。
「…もうじき、梅雨も明けるわね
最後に君とここの紫陽花が見られて良かったわ」
そう言うと彼女は泡の様に消えてしまった。


お寺と言う事もあり、幽霊だったのかと思ったが…。
今でも梅雨に入るとそのお寺に紫陽花を見に行くが、その後、彼女と会う事は二度となかった。


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