第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
さん···っ、さん···っ、さん···っ。
藁を刻む音がして、知らぬうちに風柱邸までやって来たことを知る。
据物斬りをしている実弥の姿が前方に見えた。
鬼の頚に見立てた竹入りの藁を庭中にこしらえ間断なく斬ってゆく鍛練は、実弥の日常の光景だ。
その動作を霞む双眸で追う。
斬る音は鮮やかで、寸分の狂いもない。
ドス、と、実弥の斬った藁の塊が星乃の足もとに落ちてきた。
力なく歩み寄る足が止まる。
「···んなツラしてるようじゃあ、今日はなんもできねぇなァ」
おもむろにやった視線の先、実弥が捉えた星乃の双眸は、暗く虚ろだった。唇は震え、顔色は血の気がない。
「···杏寿郎が、じゅ、殉職したって、本当? ね、実弥、嘘···よね?」
あァ、そのことか。というように息を吐き、実弥は刃を振るったばかりの藁の斬り口に視線を戻した。
「んじゃァなんだ、鴉が出鱈目 (でたらめ) でも吹いたっつぅのかよ」
星乃の目玉が、ゆらりと揺れる。
「だって、私、本当につい最近よ···町で偶然、杏寿郎に会って、すごく元気で···たくさん食べて、っ」
「──星乃」
「任務だって、心配いらないって······無事に帰ってくるって」
「星乃」
「また···っ、会おうって···っ」
「星乃!!」
ハッとすると、実弥がすぐ目の前で星乃の肩をがっしりと掴んでいた。
「オイ、気を落ち着けろ。常中が切れかけてんぞ」
「···っ、はあ、さね、み」
「しっかりしやがれ。楽にしろ。呼吸を戻せ」
「──つ、はあ、はあ」
「星乃、集中しろ。わかるな? 集中だ。心配はねェ。俺はここいる」
「う、っ、ごめ···なさ、私──っ!?」
強く肩が引かれ、星乃の左半身から音が消える。気づけば背部を暖かなものが上下していて、実弥が背をさすってくれているのだとわかった。
とくん、とくん。
左側の鼓膜に伝わる実弥の心音。
しなやかな筋肉を纏う実弥の胸もとに、星乃の身体がすっぽりとおさまっている。
直後、頭をふわりと撫でたのは、はごろもの風のような優しさだった。