第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
ひとりの男を除いて店を気に入ったローは、平日は毎朝コーヒー目当てでバラティエに通う。
最初からわかっていたけれど、ムギは無類のパン好きだ。
毎朝駅でパンを貪っているのは、店から支給されているだけが理由ではなく、純粋にパンを愛しているから。
そうでなければ、あれほどまでに幸せいっぱいな顔でパンを食べられない。
パン屋で働く彼女は、駅のホームで見かける時よりもずっと生き生きしている。
「本日のお勧め、鮭ときのこのシチューパンが焼き上がりましたー。えっとこれは、鮭としめじと舞茸のシチューが入ってて、とろーっとして美味しいんです!」
わりとそのまんまの説明だ。
新商品やお勧めのパンを品出しする時、ムギは商品紹介の口上を述べるが、その紹介内容が残念である。
しかし本人は一生懸命なので、ゼフも叱りつけたりはしない。
それどころか、ムギの残念な商品紹介は常連客の間では密かに人気で、あまり紹介はできていないけれど“美味しい”の部分だけやけに強調するところとか、くすりと客の笑いを誘う。
なにを買おうか迷っていた客が、ムギの口上を聞いて紹介されたパンを取る場面をローは何度も見た。
ローからしてみたら、シチューをパンに乗せる意味がわからない。
おかずが洋食であろうとも、主食は断然米派だ。
でも、不意にパンが苦手な自分が悔しくなった。
もしローがパンを好きだったら、彼女の紹介に心を惹かれたのだろうか。
試しに買ってみて、食べてみたりもしたのだろうか。
幸せそうにパンを貪るムギと、共感できただろうか。
(……馬鹿らしい。なにを考えてんだ、俺は。)
昔からパンは嫌い。
ただ、それだけのこと。