第5章 月刊『壁男』と夜会
――844年、New year’s eve.
出来るならば来たくなかった、むしろ今からでも帰りたい。
エリナは今すぐ馬車に乗って帰りたい気持ちを抑えつつも、表情筋を引きつらせて笑顔を作っていた。眩暈がするのは貴族様たちの煌びやかな宝石のせいか、普段見慣れないVIPが一同に会しているからか、それともオヤジどもの失望の視線に愛想笑いで答えている心労からか。恐らく全てだろう。慣れないシチュエーションというのは人間に多大な疲労を与える。
いまエリナは王都で開催されている兵団関係者、貴族が集う年末の夜会に参加していた。
「今回の司令のお付きはアンカちゃんではないのか?残念だのぅ」
「君もちょっと女らしさを出したらどうかな?その恰好は壁外調査にでも行くのか?駐屯兵団が勇ましい事だ」
エリナの恰好はパンツスーツでありドレスではなかった。ピクシス司令も ――護衛は男どもがやるだろう。美女は美女らしくドレスを着てもいいんだぞ?――と言ってくれてはいたのだが、お遊びではなくお付きとしての使命を果たすためにも動きやすいパンツスーツを選んだのだ。スラリとした長身の美女が着れば“男装の麗人”と言われたかもしれないが、小柄なエリナが着れば野暮ったく感じるのは仕方がない。久しぶりにピクシス司令のお傍で働けるのだ、精一杯働いてここで気に入られたら ――やっぱりお主はキッツの副官ではなく、ワシの副官に戻そうかのう ――と言ってくれるかもしれないという、下心もあった。そうなるとやはりドレスは邪魔でしかない。その代わりにポニーテールばかりの髪の毛をサイドアップにして下ろし、薄っすらと化粧もした。エリナにとっては精一杯の努力だ。
それなのに、こんなセリフばかり聞いていては、愛想笑いも限度を超えて表情筋が切れてしまうかもしれない。失望と失笑への対応に疲れているのはピクシスにもわかっていたのだろう。
「ワシはちょっとアレクサンダー卿とチェスに興じるゆえ、パーティを楽しみなさい」
エリナに声をかけて、個室へと入っていた。