第11章 烏野のエース
「そう、だけど。···名前、知ってるんだね。バレー部のマネージャーかな?」
『はい、マネージャーの、です。アサヒ先輩のお名前だけ聞いてます。』
「そ、そっか。」
アサヒ先輩は、ポソッと言葉を零すと、また俯いてしまった。
それにしても何故、アサヒ先輩はこんなにも下を向いてしまうのだろう。
結局私は、先輩達と話す機会はあったものの、西谷先輩とアサヒ先輩との間に何があったのかは特に聞こうとはしなかった。
マネージャーとして入部したばかりの私が、土足で先輩達の事情に足を踏み入れることは良くないと思ったからだ。
だから、アサヒ先輩が今何を思って、感じているのかは分からない。
でも、バレー部に残っている先輩達が心からアサヒ先輩を心配していて、帰ってきてくれる事を望んでいるのは見ていてわかる。
それなのに、なぜ、この人は烏野のジャージを着て俯いているのか。
『あの、アサヒ先輩。』
「あ、はい。」
アサヒ先輩を呼ぶと、俯いていた視線と私の視線が絡み合う。
『生きていれば、つらいことも、心が曇ることもあるけれど、ずっと俯いていると、綺麗なことも大切なことも見落として、気づけなくなっちゃいますよ。』
先輩、今日は空が綺麗なんですよ。
驚いたように目を開いて私を見つめる先輩に微笑みかける。
『先輩、上見てください。彩雲っていうんです。いい事があるって言われてる雲なんです。』
「····っ雲が虹色に。」
上を見て、固まっている先輩の後ろに回り込んで、背中を押す。
行き先は、先輩達の待っている体育館だ。
「え!?·····さん?」
『大切なこと、見落としちゃうって言ったでしょ?先輩、スガ先輩も、澤村先輩も、田中先輩も、もちろん西谷先輩も、アサヒ先輩が戻ってきてくれるの待ってますよ。俯いてばかりいないで、前を見てみて下さい。』
グイグイと押してみると、ちゃんと大人しく押されてくれるアサヒ先輩。
体育館の近くまで来ると、体育館の窓にかけられた柵の間から日向くんの声が聞こえる。
「あ!アサヒさんだっ!っアサヒさぁーん!!」
日向くんの声に釣られて、鵜飼監督も出てきた。
もう大丈夫そうだ。
私はそっとアサヒ先輩から離れて、今度こそドリンクとタオルの準備の為に部室へと移動した。