第2章 全て忘れる為の一杯
「千歳さん、って言うんですか」
「千歳でよかよ」
「いやいや、そんな……ふふふ」
少しお酒が回ってきて緊張がほぐれたせいか、は自然とそのバーテンダー……千歳との会話を楽しんでいた。
案外強かけんゆっくり飲みなっせ、と言う忠告通り、ちびちびと飲み進めているカクテルも残りは僅かで、の頭は程よくぼんやりと気持ちの良い酔いに飲まれ始めていた。
「ね、もう一杯、ください」
「ん…ちょっと休憩した方がよさそうやな」
残りを口に流し込んで言えば、千歳は僅かに眉を寄せて苦笑した。
「えー…」
「えーじゃなか。そげん蕩けた顔して」
不満げに口を尖らせたの頬に大きな手が添えられ、思わず身体が強ばった。
いくら打ち解けたとはいえ、初めて会ったばかりのバーテンダーに触れられるとは思いもしなかった。思わず振り払うと、千歳は至極楽しそうな笑みを浮かべた。
「もう誰も来んけん、奥ば使おうか」
「えっ…」
その言葉を理解するより先にカウンターから出てきた千歳が、の身体を軽々と抱き上げた。
慌てて暴れるだったが、ただでさえ大きな体格差を前に、酔いが回った身体では大した意味もなさず、いとも簡単に奥のVIPルームへと運ばれてしまう。
状況は理解できないが、危険だという事だけは本能で理解した。抱き上げる手が熱い。「軽かねぇ」と穏やかに零す声に狂気が微かに混じっている。
「た、たすけっ…」
「誰も来んよ」
無情に告げられたその言葉と、ドアが閉じる音。に絶望と共にその音を聞いた。