第29章 一本
事の発端は、先日の毛利元就との事件だ。
アヤは二度、奴にさらわれそうになっている。
どんなに城下の警備を強化しても万全とは行かない。
今回は奴にも傷を負わせたとの報告があったが、致命傷ではない。
奴は必ずまた、アヤの元へとやって来るに違いない。
一度目はアヤを拉致し幽閉をして、その命と引き換えに交換条件を出してきた。
奴の目論見は潰し、アヤは無事に無傷で戻ったが、今回はたかが文一つをアヤに届けるため、警備の厳しくなったこの城下に潜り込んで、アヤを路地裏へと引きずり込んだ。
元就がアヤを気に入っているのは、奴がご丁寧にアヤの首筋に残した痕からして一目瞭然だ。
今回は手負いで動けぬと見てアヤを解放したが、次は必ずアヤをさらうつもりだろう。
それはまるで、半年前の自分を見ている様で、例え僅かでもアヤに触れてしまえば、たちまちに全てを奪い尽くしたい衝動に駆られ、逃れる事は出来ない。
アヤは渡さぬし、これ以上危険な目に合わせる事はできん。
出来る事なら、ずっとこの腕に抱いて守ってやりたいがそれは無理な話だ。
正直、女一人を守ることがこんなに難しいとは思わなかった。
アヤに溺れれば溺れるほど、この手で守る事の難しさを痛感させられる。
国取り合戦でもこんなに頭を悩ませたことはない程に、俺はアヤを守りきれていない自分に苛立っていた。
その苛立ちもあり、アヤには暫くの間、外出する事を禁止した。