第26章 翡翠の誘惑
「卵の燻製…、美味しそうです!」
マヤはホロホロ鳥の黄身の、半熟でとろりとした食感の濃厚な味を想像して、ごくりと唾を飲みこんだ。
「王都の酒場ですか…」
“王都の酒場” という言葉で、ある記憶がよみがえった。
「兵長が言ってたけど分隊長、ヤギミルクでできたチーズのおつまみを知ってますか?」
「あぁ。シェーブルチーズだろう?」
「そんな名前だった気がします」
「リヴァイが注文しているところを見たことがある。あいにく俺は食ったことはないが。チーズも酒のつまみとして人気だな」
「兵長から王都の酒場にシェーブルチーズがあると教えてもらったとき私も食べたいなぁと思ったけど、ホロホロ鳥のくんたまもすごく食べてみたいです」
つい先ほどまで未知の世界の王都や貴族、社交界を敬遠する雰囲気でいっぱいだったマヤが、美味しいものの話ひとつでこうも笑顔になるものなのか。
その子供のような単純さを、ミケはこの上もなく愛おしく感じる。
「ならばレイモンド卿から招待が来たら、それが任務でなくても王都に行かなければな。くんたまとシェーブルチーズを食いに」
「ふふ、そうですね。なんか今すぐにでも行きたくなってきちゃいました」
笑顔のマヤだったが、ふと疑問が頭をもたげたらしい。
「レイさんのところの立派な舞踏会で、酒場のメニューが出るのかな…?」
つぶやくように思ったことを口にして、小首をかしげている。
その疑問はミケがすぐに拾ってやった。
「出るとは思うが、リクエストの必要があるかもしれないな。舞踏会で食えないなら、酒場に繰り出せばいい」
「……そんな! それはちょっとハードルが高いです…」
ヘルネの居酒屋の “月夜亭” なら調査兵団の御用達だし、マヤも行き慣れているが、王都の酒場はそう簡単に暖簾をくぐれる気がしない。
「はは、一人で行けとは言っていない」
「……でも…」
……ペトラと一緒だとしても入りにくいのは一緒なのに。
マヤは心の内でそう思っていたが、ミケの次の言葉にハッとさせられた。
「リヴァイと行けばいいじゃないか」