第26章 翡翠の誘惑
ティーカップを持って、じっと紅茶を見つめて黙っているマヤ。
……一体何を考えている…?
ミケには全くマヤの心の動きを読むことができなかった。レイモンド卿に招待されたのなら、マヤは喜ぶのかそうでないのか。王都にもう一度行きたいのか行きたくないのか。
訊かずにはいられない。
「……招待されたら、行くのか?」
紅茶からミケの方へ視線を向けたマヤの声には、なんの感情も表れていないようで。
「レイさんにも伝えたのですが、団長経由の招待で任務なら行くしかないです」
……妙な言いまわしだな。行きたくないのか?
「それは…、プライベートで誘われたら断ると聞こえるが」
「そうです」
間髪をいれずに答える。なんの躊躇もない。
ミケは少なからず不思議に思った。
誰もが憧れる煌びやかな王都。貴族の主催する舞踏会。美しいドレス。贅を尽くした豪華絢爛な社交界。
マヤのような若い年ごろの娘なら、一度は夢見るような世界なのではないだろうか。
……やはり事件のせいで、悪い印象しかないからなのか。
「王都が嫌になるのも無理はない。だがせっかくだし、招待されたならもう一度行ってみて、良い面も知った方がいい」
長い目で見れば、王都を毛嫌いするのは損だ。
確かに鼻につく貴族ばかりだし、くだらない慣習も多い。
だが王都でしか味わえないとびきり美味いメシ、さらさらとした手ざわりの良い生地で仕立てた上質のスーツ、そして…。
一度嗅いだら忘れられない魅惑の香る水… パフュームをまとった豊満な肉体を誇示する女。
王都でしか体験できない貴重な匂い、味、出来事は山ほどある。それは間違いなく人生を豊かに彩ってくれるはずだ。
たった一度の不幸な事件のせいで、捨ててしまうのは実に惜しいではないか。