第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「ナナバさん…、もしかして…」
マヤは訊きかけた、“その人というのはミケ分隊長かタゾロさんなのですか?” と。
だが、すんでのところで思いとどまった。
……ナナバさんが言いたいのなら、最初から “その人” なんて言ってないはず。なんでそんなこともわからず訊こうとするの、私は。ナナバさんが言いたくないのに訊いたりしちゃ駄目だわ。
「うん? もしかして… なんだい?」
「あっ、えっと、もしかして…」
……どうしよう、うまくごまかせない…!
ナナバの困ること…、すなわち “その人” が誰かを教えてもらうことは望まない。だから言いかけた “もしかして” をなんとかごまかさないといけないと焦るマヤの救世主が大浴場の扉を開けて入ってきた。
「あ~! ナナバさん、マヤ!」
「ニファ!」
入ってきたのはニファだ。ナナバとマヤの他には誰もいないのをいいことに、洗い場の風呂椅子に座ってわしゃわしゃと石けんを泡立てながらも、大きな声でどんどん話しかけてくる。
「二人でお風呂に入ってるのめずらしいですね?」
「まぁね。私が入ってたらマヤが来たんだ」
「へ~。マヤ、こんなとこでナナバさんと一緒にいていいの? 兵長は?」
「駐屯兵団に行ってるんです」
「あぁ、予定表か」
「計画表だよ、ニファ」
間髪をいれずに突っ込むナナバに、ニファは入道雲のように泡立てた石けんで腕を洗いながら頬をふくらませた。
「どっちでもいいじゃないですかぁ!」
「ふふ」
ナナバとニファのやり取りを聞いて思わず笑ってしまったマヤの肩を、ナナバがぽんと叩いた。
「さすがにのぼせそうだし、もう行くね」
「あっ、お疲れ様です」
立ち上がりざまにマヤの耳元に小声でささやきを残した。
「私の迷子の話はまたいつか二人のときに」
「了解です」
マヤが答えたときにはもう、ナナバは湯船から完全に出てニファに話しかけていた。
「ヘルネで本は見つかった?」