第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
マヤはオルオのいつもの行動パターンを念頭に、深い意味もなく説明していた。そして残念なことに申請書に気を取られて、目の前のリヴァイの様子に気づいていなかった。
「……部屋に来る?」
なので、どすのきいた低い声がリヴァイの口から放たれたときには、その理由がわからずにマヤは心の底から驚いてしまった。
「はい…。明日飛ぼうって部屋に来ますけど…?」
「わざわざお前の部屋に行かなくてもいいだろうが」
「………?」
さらに低い声に疑問符しか浮かばない。
「でも来ないと、次の日の朝に一緒に飛べなくなっちゃうんで…」
「………」
少しのあいだ黙ってから反撃するリヴァイ。
「そもそもオルオとのあいだで明日飛ぶと決めてから申請書を出すのが筋ってもんだろうが」
「ええまぁ…、そうですね」
「大体マヤの了承の前に申請書を出しているが、マヤが飛ばないって言ったらどうするつもりなんだオルオは」
何がなんだかわからないが、すっかり苛立っているリヴァイの神経を逆撫でしないようにマヤはおずおずと返答する。
「それはないですけど…」
「なぜ」
「朝から他の用事はないし、早起きは平気だし、飛ぶのは好きだし…」
……どうしてこんな、まるで責められているような。
自主的に早朝訓練をすることは褒められこそすれ、非難されるものではない。
思わず不満が口をつく。
「朝から飛んだら駄目なんですか…?」
少し震えたような声色に、リヴァイはハッとしてマヤの瞳の奥を探る。
いつも愛おしくそこにある琥珀色の輝きが、理不尽な仕打ちに揺れている。
「……いや、そうじゃねぇ」
兵士長という立場からしても、早朝訓練をおこなう部下を褒めるべきである。
「すまねぇ、忘れてくれ。訓練は存分に励め」
そう言って席を立つと、食堂に行くようにうながした。
先に立って歩くリヴァイは、自身の胸の内にくすぶる想いをもてあまして。
……飛ぶことに文句がある訳じゃねぇ。オルオが部屋に行くことが…。まさか入れてねぇだろうな。
そしてそんなリヴァイの胸の内を知らずに、その背を見つめながらマヤは。
……一体なんだったの? 兵長はどうして機嫌が悪いの?
互いにもやもやとした想いを抱えて食堂へ入った。