第27章 翔ぶ
レイとマヤが “カサブランカ” を出ると夏の夕方空が広がっていた。その明るさに、気分が乗らないマヤは気後れして足もとがふらついた。
「大丈夫か」
すぐにレイが支えてくれて、そのまま街の中央の広場に向かえばバルネフェルト家の馬車が待機していた。
御者がすぐに二人に気づく。
「おかえりなさいませ」
その言葉とともに美しい所作で開けられた扉から車内に入れば。
「あっ…!」
マヤは車内を埋め尽くしている白い薔薇に言葉を失う。
驚いているマヤをそっと座らせると、レイは御者にうなずく。それを合図に御者は静かに扉を閉めて、馬車を走らせた。
……さっき馬車が消えたのは、トロスト区に今日の連絡船で届く薔薇を取りに行っていたのだわ。
それにしても、おびただしい数の花束。
むせかえるような白薔薇の香りの車内で、マヤは向かいに腰をかけるレイに何も言えないでいる。
親友の声が聞こえる気がする。
“朝摘みの薔薇を断るのも忘れちゃ駄目だよ!”
ペトラと約束したのは、たった一日前のことなのに。
すごく、ひどく、泣きたいくらいに遠い昔に感じられる。
……ペトラ、私… こんなの何も言えないよ…。
ヘルネから兵舎までは近い。馬車なら、すぐに着く。
ゴトゴトと揺れる車内が調査兵団兵舎の正門を抜け、ギッと止まった。ブルルッと馬の鼻息。
「マヤ、五日後に迎えに来る。それまでに返事を考えておいてくれるか?」
「……五日」
「短けぇか? 七日にしようか? それとも逆か…、三日でもかまわねぇが」
「いえ…」
五日の猶予が短いとも長いとも思った訳ではない。放心状態で五日という言葉を復唱したにすぎないのだ。
「五日で大丈夫です」
「そうか。じゃあ五日後に」
レイは車内を埋め尽くす白薔薇とは別に座席に用意されていた、特大の花束を手渡してきた。
「いい返事を期待している」
「………」
“はい” とも “いいえ” とも言うことはできずに、マヤは頭を下げた。
タイミング良く御者が扉を開けて、マヤは兵団の敷地におりたつ。
ゴトゴトと去りゆく馬車が見えなくなるまで薔薇の花束を抱えたまま立っていたが、ふと我に返った。
……部屋に帰って着替えたら、団長のところに行かなくちゃ!