第26章 翡翠の誘惑
「……ミャオ」
アクアマリンの耳飾りと叫んだマヤに返事をするかのように鳴く白猫。
……耳飾りを咥えたまんまでも、上手に鳴けるんだ…。
白猫の少し甲高い鳴き声を聞きながら、そんな風にぼんやりと考えていたマヤだったが、すぐにハッと我に返った。
「猫ちゃん、それ… その耳飾りね、大切なものなの。返してくれるかな…?」
両手をそっと差し出しながら、ゆっくりと近づく。あと数歩で猫にふれるところまで来たとき。
「……ミャオ」
ひらりと身をひるがえして離れてしまった。
「待って…!」
耳飾りを咥えたまま白猫は廊下をどんどん奥へ走り、角を曲がって消えてしまった。
落としただけなら、耳飾りは落とした場所にじっと存在しているだけだ。しかし猫に咥えられてしまっている今は、耳飾りは凄まじいスピードで移動している。
もしも猫が屋敷の外に出てしまったならば。
「大変だわ! 捕まえなくっちゃ!」
先ほどまでは乱暴に猫に近づいて逃げられてはいけないと、そっと歩いていたマヤだったが、今はそんな悠長なことは言っていられない。
全速力で駆けて、猫の消えた廊下の角を曲がった。
「……いない…」
廊下には誰もいなかった。猫も人も。
……開いている扉でもあって、どこかの部屋にでも入ったのかしら?
マヤは足早に廊下を進みながら確認していくが、ひらいている扉は見当たらない。
……猫ちゃん、どこに行っちゃったの!?
マヤの焦燥感が高まった次の瞬間、かすかに鳴き声が聞こえてきた。
「……ミャオ」
………!
逃げられないように息を殺して、声のした方へ急ぐ。
さあっと夜風がマヤの顔を撫でた。
……テラスがあるんだわ!
どこかの部屋に迷いこんだのかと思っていたのにそうではなく、猫は外のテラスに出ているらしい。
すぐに出入り口は見つかった。
テラスに通じる大きなガラスの扉が半開きになっていたのだ。
「……ミャオ」
今度は鳴き声がはっきりと聞こえる。猫はテラスにいる、間違いない。
マヤはテラスに出て、すぐに猫を見つけた。白い大理石の手すりの上にバランス良く立っている… もちろん口には耳飾りを咥えて。