第26章 翡翠の誘惑
アトラスはグロブナー伯爵家で開催された舞踏会より以降の、レイの一連の行動を思い返す。
事件のせいでグロブナー家に宿泊できなくなったマヤたちを全員引き受けたかと思えば、翌日からどことなく様子がおかしかった。
実はアトラスとレイはミスリル銀贋物事件の関連で翌日に、憲兵団本部に出向いて取り調べに協力したのだ。
憲兵団本部でレイは、明らかに苛立っていた。
理由を訊けば、帰るマヤたちの見送りに船着場に行きたかったのに間に合いそうにもないからだと言う。
……へぇ、見送りねぇ…。
めずらしいこともあったもんだと、そのときは思った。
レイは女に興味がない。
その容貌のせいで、幼少期から異様なまでに女から好意を寄せられてきたレイ。適当に受け流し、ときには無視までして女たちと関わらないようにしてきた。
だからこそ成人したら、いずれ継ぐ爵位のために夜会のホストになって社交界のあれこれを学ばなければならないのに、レイは頑なに避けてきた。
それが急に、ホストになって舞踏会を開催するだなんて。
何か裏でもあるのかと、不審に思えば。
今度はドレスを作るだと?
マヤとペトラのドレス。
それも作れとオートクチュールメゾンに一言命じれば済むものを、わざわざ足を運んであれやこれやと口出ししたらしい。
最初は気でも狂ったのかと不思議に思ったけれど、言葉を交わしてすぐに謎は解けた。
“マヤ” の名を口にするときの、レイの顔を見たら簡単なことだった。
謎でもなんでもない。
……レイのやつ、マヤに恋をしたんだ。
こんな日が来るなんて夢にも思わなかったぜ。
あのレイが…、女を好きになるなんてな。
本当に嫌ってほどにモテてきたレイ。
学習院幼稚舎のころから、すべての女の愛を一身に引き受けてきたレイ。
そして思春期になるころには女嫌いといっていいほどに女に飽き飽きしてしまったレイ。
……そりゃ当然だよな。あれだけ騒がれて追いかけまわされたら。