第26章 翡翠の誘惑
「なぁ、いい加減機嫌直せよ… レイ」
ここはバルネフェルト家の広間。今宵の舞踏会の出席者は五十人程度であるため、百人以上を収容できる一番大きな広間ではない。
明るく王都を照らしていた太陽もとっくに落ち、入れ替わりに昇った月が高く天を支配しているころ。
バルネフェルト家の嫡男であるレイモンド・ファン・バルネフェルト卿主催の舞踏会は佳境を迎え、出席者の皆が心地の良い舞踏曲の生演奏に酔いしれている。ダンスの合間には最高級のシェフが腕をふるったご馳走に舌鼓を打ち、年代物の酒を浴びるように飲んだ。
どう控えめに考えても大成功の様相を見せている舞踏会において、不機嫌な様子の男が一人。
その人物は、あろうことかホストのレイだ。
先ほどから広間の一角に親友のアトラスと陣取っている。
「……忌々しい。あのクソ親父め!」
いつもは涼しげな翡翠の瞳が、めらめらと燃えている。怒りの矛先を向けているのは、自身の父親であるバルネフェルト公爵がいるバルコニーだ。
舞踏会が開催されている広間は、中央がダンスホールになっている。その周囲には一流の楽団が生演奏を披露している楽団席と、招待客がゆっくりと座って食事を楽しむソファとテーブルがたくさん配置されている。そしてそのなかで一か所だけ特別な席があるのだ。
吹き抜けになっていて天井の高い広間にあってその場所は、螺旋階段でのぼっていく中二階のバルコニーになっている。
高い位置から一目で広間全体を見渡せる、特別な場所。
そこはホストが特別な招待客だけに開放する、いわばVIPのためのバルコニー貴賓席だ。定員は六名。
今その貴賓席にバルネフェルト公爵が嬉々としてリヴァイ兵長とリヴァイ班のペトラにオルオ、そしてマヤを座らせて、あれやこれやと巨人の生態や壁外調査などの話を根掘り葉掘りと訊き出している真っ最中だ。
「まぁ… レイの気持ちもわかるけどな。本当だったら今ごろあそこにいるのはお前とマヤの二人きりだったんだもんな!」
「……うるせぇ!」
「あっはっは! 怒るなよ。いい男が台無しだぜ?」
美男子のレイが苦虫を噛みつぶしたような顔をして怒っているこの状況を、アトラスは思いきり楽しんでいた。