ヤマネコ-ノ-ツガイ【アッシュ】BANANAFISH
第26章 迷子の唇
私は嬉しかったんだ。
色んな人との望まないキスは不快なものでしかなかったのに、好きな人とのキスを特別だと思えたことが。
表面上は取り繕えても、心だけは確かに1人を求めてる。
それを実感することが出来て、自分にも“普通”の感覚があるのだということに心底安心した。
『…………っ、』
不安と焦りと興奮と幸福。
自分では処理しきれない色んな気持ちがせめぎ合って、それらを落ち着けるように深く息を吸った。
すると、なんだかどっと疲れが押し寄せた。
瞼を閉じそうになっては必死に目を開ける。
それを何度か繰り返した時、アッシュに声をかけられた。
「寝てていいんだぜ?」
『…ううん、』
「いいって、寝てろよ」
『アッシュだって、疲れてるのに』
「いいんだよ…おやすみ、」
酷く懐かしいトーンでそう言われて、いよいよ瞼のコントロールが効かなくなった。程よいエンジン音と揺れが心地いい。
夢と現実の狭間で、アッシュが私の名前を呼ぶ声を聞いた気がした。