第9章 ヘイアン国
「俺はいい、あいつを……っ」
「もう手遅れです!」
悲鳴のような押し殺した声とほぼ同時に、大きな爆発が起きた。歌姫を誘い込むためにウニが爆薬をしかけていたポイント。リトイはそこに大量の人形たちを引きつけて、自分もろとも爆発させたのだ。
『人は死ぬわ。誰にも運命は変えられない。人の力はあまりにちっぽけで、誰かを救えたかもなんて傲慢な考えなのよ』
空まで立ち上るような爆炎が人形を焼く。呆然とローはそれを見た。
「小娘……!!」
首だけになったブラッドリーの蝋人形がわめき、助走をつけてウニはその頭を爆煙の中に蹴り飛ばした。
歌姫の足が、ウニを踏み潰した。
「……っ!!」
「今はこらえて! 彼を工房に送り込むのが作戦のはずです!」
路地裏に隠れながらハンゾーが小声で叱咤する。
(殺してやる……っ)
刺し貫かれた拳を握りしめて、ローはウニを連れ去るブリキの歌姫を見送った。
82.コマ家の次男
「こんなの横暴だー!」
イスに縛り付けられて船倉に放り込まれたマリオンは「出せー!」とブタ箱の囚人のようにわめいた。
「猿ぐつわもするか?」
「よし、じゃあ飯食わせてから……」
見張りのゴンザの提案に同じく見張りのペンギンが同意し、囚人の口におにぎりを突っ込む。「梅干しうまい」とマリオンはもぐもぐしながらうっかり感動した。この酸っぱさの良さがわからないなんてキャプテンはどうかしてる。
(梅干し……マダムのところで初めて食べたんだよなぁ)
ヘイアン国には梅干しが存在しなかった。対してマダム・シュミットは自分で漬けるくらいの大の梅干し好きで、コマ家が招いた時に土産として持ってきてくれたのだ。以来マリオンは大の梅干し好きになった。
船長命令もものともせずに船に梅干しを乗せてくれているペンギンには感謝しかない。
(兄貴が珍しく渋い顔してたっけ……)
マダムの梅干しはマリオンを含めて家族におおむね好評だったが、兄だけは合わなかったようで、完璧人間の彼にも苦手なものがあったのかとちょっとびっくりしたのを覚えている。
ほんの数ヶ月前の出来事だった。
◇◆◇