第4章 カメラのシャッターを切る時は
彼は何処に行くにも大きいカメラバッグを持ち歩く。
多い時は、右手に1つ、左手に1つ。
オールブラックでシンプルにまとめた服には全く釣り合っていないけれど。カメラのシャッターを切る彼は、表情が生き生きとしていて、見ている私の方まで幸せになる。
だから、彼がカメラを構える姿勢と目線が好きだ。
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時々、彼はカメラだけを持って何処かに行ってしまう事がある。本当に少しのお金と、カメラだけを持って。
スマホやその他のものは、邪魔になるから嫌だと言って絶対に持っていかない。そして、行く時も何も言わずに行ってしまう。だから私はいつも、彼の帰りを待つ事しか出来ない。
本当は彼と一緒に写真を撮りながらいろんな街を歩いてみたいし、いろんな国にだって行ってみたい。
でも、私のそんな我儘が彼の負担になってしまうかもしれない。彼がストレスを感じる原因になってしまうかもしれない。そんなことを考えて、ひとり悶々としては自己嫌悪に陥る、そんな毎日。そんな私を置いて、今も彼はカメラを持って私が手を伸ばしても届かない場所に行ってしまっている。
時々、こう思う事がある。
手を伸ばしても届かないなら、
伸ばしても届かないくらい遠くにいるなら。
いっその事、
彼の前から消えてしまえばいいのだろうか。
なんてね。
この先も、彼の帰りを待ちながら生きていくんだろう。
それが私にしか出来ないことだと思うから。
だから。
彼が帰ってきた時、いつでも優しく包み込めるように。
私は今日も、大切な思い出が詰まったこのマンションの一室で、彼を待ちながら日々を生きていく。