第19章 林檎が落ちた
叫ぶ。
母はユリアに駆け寄り、肩を掴んだ。
「やめ……て!!」
「やめない……っ!!」
ユリアは魔が差した。いけない。許されない。やめないと。
ユリアは欄干に母を押し付けた。
「や、め……っ、ユリアっ……」
首は痕になったらダメだから顎をグッと裏拳で押して。
完全に欄干より体勢が下になった所でユリアは。
「ユリアっ……」
足を抱えて母を荒ぶる川へと落とした。
「……落ちた……」
ダメだ、抑えられない。表情が緩む。
母がゆっくりと落下して、川に落ちた瞬間から時間が戻った。
しばらく呆然と川を見ていたが、途端に怖くなって救急に連絡した。
「母が……!!母が川に……!!」
しばらくして救急が捜索し、幸か不幸か、急カーブした川に流れが殺される場所に母は流れ着いて、意識不明の重体ではあるが見つかった。
すぐ様病院に運ばれ、ユリアはエルヴィンに連絡をして全員が揃った。
脈が弱まる。次第に、次第に、そして。
無機質な機械音が病室に響いた。
ユリアは泣いていた。
邪魔な存在が消えた。その喜びに息が出来ないほどに泣いていた。
エルヴィンは膝から崩れ落ちて母の手を握り、それを額を当てていた。
後に救急隊員から母が川に転落した理由を聞かれた際、
「林檎が、落ちた」
そう答えた。
気が動転していると皆が憐れみ、ユリアは疑われなかった。
父は、母を心から愛していた。
ユリアは父から母を奪った。
この罪は生涯かけて、責任を持って償わなければ。
葬儀の時、火葬場でエルヴィンに肩を抱かれながら母を送りだす。
列の最後。涙を流した自分の顔が鏡になった壁に映った。
その表情は、幸福と、人生の期待とで綻んでいた。
それをよく覚えている。
「林檎が……落ちた」
今は“父”と“娘”の寝室になった部屋の棚に置かれた家族写真を、ユリアはゆっくりと伏せた。
あの日消えた“林檎”は、もう二度と戻らない。
-第19章 END-
専用掲示板(【エルヴィン裏作品集】執筆中のあれこれやあとがき)にて後書きあり。※他作品ネタバレ注意