第16章 【信玄編・中編】
竜昌は、目だけではなく、胸の奥底がじわりと熱くなるのを感じた。
ある日、敵陣営から突然やってきた自分を、安土の武将たちは仲間として受け入れ、こんなに信頼してくれているとは。
一人ひとりの顔を思い出しているとき、ふと竜昌の心臓がギュっと締め上げられた。
「ま、舞様は・・・」
「ハハ、お前はこんなときでも、他人のことばっかりなんだなあ?」
秀吉は、ふっと頬を緩め、竜昌の背中をとんとんと宥めるように叩いた。
「舞はすっかり熱も下がって、元気になった」
「(ホッ)」
竜昌が大きく息を吐いて、心から安心したことが秀吉の厚い胸板にも直接伝わってきた。
「お前のことは、秋津にしばらく里帰りした、と言ってある」
「!!」
「そのステキな晴れ着を、親御さんに見せたくなった、って言ったら、舞も信じるだろ?」
そういって秀吉は、蔵の中で汚れないように竜昌が丁寧に畳んでおいた晴れ着に目をやった。
「・・・あり・・・がとう・・・ござ・・・」
秀吉の襟元を掴む竜昌の手にぎゅうっと力がこもった。竜昌は声もたてずに、秀吉の着物に顔をうずめて泣いていた。
「さ、大丈夫だから。水でも飲んで、顔を洗って、一緒に信長様の所へいこう、な?」
「・・・」
竜昌は顔を伏せたまま、コクリと頷いた。
『あ~ぁ、兄貴役もつらいぜ』
内心ひとりごちて、秀吉は竜昌を抱くその腕に、そっと力をこめた。
─── ◇ ─── ◇ ───
「ちょっと、旦那」
「ん~?」
信玄は喉を鳴らすように甘く唸って、膝枕をしてくれている遊女の顔を気怠げに見上げた。
「本当にいらないのかい?上等の葛餅だよ?」
「・・・ああ、うん。良かったらお前が食べておくれ」
遊女はその長い睫毛を伏せて『はあぁ~』と深い溜息を吐いた。
「まったく。いきなり姿を消して、やーっと来てくれたと思ったら、抱きもしねえし、得意の甘ぇモンも食べないときた。旦那一体どうなっちまったのさ?」