第30章 ささやかな代償
ラウラさんは穏やかで優しい人だけど、それだけじゃない事を俺は知っている。
ラウラさんに初めて会ったあの日、審議所の控え室での出来事は忘れたくても忘れられない。
檻から出された時にハンジ分隊長やミケ分隊長が自己紹介をしてくれたけど、その様子から調査兵団はとんでもない変人達の集まりだとすぐに気づいた。
だけどその時一緒に挨拶してくれたラウラさんはすごく落ち着いていて、様子も普通だったから、唯一この人だけはマトモなんじゃないかって思った。
だけど、最も狂気を内に秘めていたのはラウラさんだったって事を、俺はその後すぐに思い知らされたのだった。
審議が終わって控え室に戻って来た時、兵長に蹴られて抜けた歯が再生している事にハンジ分隊長が気づいた。
みんなが一斉に俺の口の中を覗き込んできたけど、一番身を乗り出して覗き込んできたのはハンジ分隊長でもエルヴィン団長でもなく、ラウラさんだった。
あの時のラウラさんの顔は、正直言ってゾッとするほど怖かった。
端整な顔を石膏像のように無表情にして、湖の底みたいな深い青色をした瞳を大きく見開いて瞬きもせずに迫ってくるものだから、そのまま瞳の中に引きずり込まれてしまうんじゃないかと思った。
あの表情の事を、その後兵長やペトラさん達に聞いたところによると「いつもの事」らしい。
そんなに頻繁にアレがあるのか…と恐ろしくなったけど…それと同時に、あの常軌を逸した感じが、彼女を天才たらしめているのだろうとも思った。…もう二度とあんな眼を向けられたくはないけど。
だけど俺は、思いがけず再びあの視線を向けられることになったのだった。