第88章 頬を抓れば、すぐに分かる 弐
side.N
けろっとした顔で言い放つものだから、思わず聞き返した。
提案したのは俺だけど、流されるなと忠告した筈なのに。
流されるかもとは思ってたけども。
何で迂闊に距離を詰めちゃうかな、もう。
「や、だから、キスしよって言うから。そんで、キスした」
「はァ?最近は連絡してこないと思ったら、何してんの」
「だってさぁ、イイ感じの思い出ぐらい欲しいじゃん」
思い出、と言ったのか。このひとは、今。
話を聞く限り、俺は松本とやらを堕とせると踏んでいた。
偶に来る電話でも、それなりに気を引けてると安心してた。
だというのに、だ。どうしてこんなに弱気なんだ。
あぁ、もう、イライラする。
俺が柄にもなく恋愛相談を請け負って、アドバイスまでしてるのに。
当の本人が弱腰で、どうすんですか。
「俺、さ……気付いちゃったんだよ」
「何にですか」
「アイツそんな器用じゃないから、こうやってる間は彼女作らない筈なんだ」
「大野さん、アナタ、それで良いって言うワケ?」
その諦めが見える瞳に、見誤ったのかな、と思った。
俺は、知ってた。知ってるつもりだった。
このひとは好きなものには、とことんだって。
諦めたりしないって。
俺のこと信じてるのも分かってるから、きっとアプローチを続けていく。
そう思ってたんだ。でも、そっか。そうだ、そりゃそうだ。
大野さんは基本的に他者に執着しない。
付き合っても、大抵それが元で別れてた。
ヒトのこと言えない俺だけど、けど、このひとは誰かに熱中したことが無いんだ。
だから、どこか浮世離れしてるっていうか、掴みどころが無い。
そんなひとが、まだ一応は真っ当なアピールを、めげずに出来るだろうか。
答えは、ノーだ。が、それが何だっていうんだ。
開き直って何が悪い?